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●早川義夫「サルビアの花」 中学時代、日劇ウエスタンカーニバルで尾藤イサオ(演奏:ジャッキー吉川とブルーコメッツ)のステージを見て、ロックに目覚める。 1965年、高校時代に、同級生2人と「ナイチンゲイル」というバンドを結成。 この頃、メジャーデビュー前のザ・スパイダースを見て、刺激を受けている。 大学進学後、バンド名をジャックスと改め、ライブ活動を始める。 1967年にメンバーが交替し、木田高介、水橋春夫、谷野ひとしの4人編成となる。 デビューアルバムは『ジャックスの世界』。 ジャックスはセカンドアルバム『ジャックスの奇蹟』を残して解散する。
当時商業的に大きな成功を収めることはなかったが、彼らのジャズに影響を受けたオリジナルな音楽性、そして早川の狂気を秘めた歌声と異様で繊細な歌詞は、後に日本のパンク・ロック等のさきがけとして高い評価を受けるようになる。 このアルバムにも収められている彼の曲「サルビアの花」は後に多くのミュージシャンによってカバーされるスタンダード曲となる。 ディレクターとしては岡林信康、加川良らを担当した。 しかし次第に音楽の仕事から離れ、1972年には川崎市内に早川書店を開店した。
1994年に『この世で一番キレイなもの』で復帰するまで23年間音楽活動を停止していた。
これほど多くのミュージシャンに愛された歌は無いだろう。
「なんなんだ?この世界は!」と思った。
●井上陽水の「サルビアの花」
■■日本のフォークソングの歴史、フォークソングの名曲、昭和のフォーク、フォークソングの名作■■
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●中山ラビ「ひらひら」 東京都生まれ。
詩人の中山容が訳詞したボブ・ディランの歌でライブ・デビューし、その後、大きな影響を受けたため、女ボブ・ディランといわれた。
1966年6月のビートルズ来日公演に行く。 また、高田渡、遠藤賢司、南正人らフォーク集団「アゴラ」の一員であったボロ・ディラン(真崎義博)に出会う。
1969年、大学1年の時、第4回関西フォークキャンプ(8月15日〜17日)に自費で参加。
僕が中山ラビを初めて知ったのはNHKのお正月の特別番組で、海援隊等と一緒に出ていた。
相も変わらずの中山ラビの世界だ。
■■日本のフォークソングの歴史、フォークソングの名曲、昭和のフォーク、フォークソングの名作■■
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●南こうせつとかぐや姫「神田川」 1971年9月、高校の後輩だった伊勢とカレッジフォークグループ「シュリークス」を脱退したばかりの山田と共に『南こうせつとかぐや姫』(第2期かぐや姫)を結成、シングル「青春」でデビュー。
吉田拓郎らの協力を得て制作されたファースト・アルバム『はじめまして』は、5万枚を売り上げる。
番組のオープニング(最初の6回まで)またはエンディング(7回以降)で、須藤リカとかぐや姫がこの曲を歌う実写映像が使われた。 この年NHK紅白歌合戦に出場の話が来るが歌詞の中の『クレパス』が商標なので『クレヨン』に変更してくれといわれて拒否。
このため出場を辞退した。「神田川」は後に東宝において映画化されるが、主役のイメージが歌と大きく違いすぎたと南こうせつは話している。
その後も映画化の話が絡み「妹」がシングルになるなど、アーティストの意思が無視されることが続き、それが原因で解散が早まったという。 南こうせつと山田パンダはソロ、伊勢正三は風として、音楽活動を継続する。
最後の2枚組アルバム『かぐや姫フォーエバー』は、オリコンLPチャートのトップ100に186週ランクインを記録した。 吉田拓郎、山本コウタローらとともに、静岡県掛川市で12時間のオールナイトコンサート「つま恋コンサート」を行い、5万人(警察発表では6万人)の観客を集める。 南こうせつと山田パンダはソロ、伊勢正三は風としても出演。 2006年9月23日、吉田拓郎の呼びかけで再結成、静岡県掛川市で「つま恋2006」を行う。9時間半のコンサートに、日本各地から35,000人のファンが集まった。
僕もこの曲でかぐや姫を知った。
●南こうせつとかぐや姫「22才の別れ」
この曲のイントロを友人と一生懸命、練習してクラス会で歌ったことがある。
●南こうせつとかぐや姫「僕の胸でおやすみ」
一般には上の2曲ほど有名じゃないけれど、いい曲だよね。
かぐや姫としては珍しく「反戦歌」だ。
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私たちの人生は、ある確かな法則に従って創られている。 私たちがどんな策略を用いようと、その法則を変えることはできない。 「原因と結果の法則」は、目に見える物質の世界においても、目に見えない心の世界においても、つねに絶対であり、ゆらぐことがない。
それは繰り返し正しく行動し、気高く、正しい思いの、自然な結果だ。 そして、卑しい獣のような人格は、卑しく、誤った思いの、やはり自然な結果だ。
心という思いの工場の中で、私たちは、自分自身を破壊するための兵器を作り続けることもできるし、強さと喜びと穏やかさに満ちた美しい人格を創るための、優れた道具を作り続けることもできる。
と同時に、誤った思いを選んで巡らし続けることで、獣のような人間へと落下することもできる。 そして、その両極端の間には様々なレベルの人格があり、人間はまた、それらの創り手でもある。
「人間は思いの主人であり、人格の制作者であり、環境と運命の設計者である。」
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▽ヒトの卵子と皮膚細胞を使った万能細胞作製に成功(朝日新聞)
---------- <福島第1原発関連情報> ----------
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