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この3連休はフォークソングの歴史をひもといて、サイトを作っていた。 特に今日はず~~~~っと、吉田拓郎のアルバムを紹介するコンテンツを作っていた。 僕の人生は吉田拓郎に大きく変えられた。 サザンオールスターズの曲の中にも「吉田拓郎に捧げる歌」というのがあり、桑田が「おまえの歌が俺を不良にした」と言っている。 僕もまさにそうだ。 「結婚しようよ」で衝撃的な出会いをしてから、人生の節目で右に行くか左に行くか、という時に潜在意識的に吉田拓郎の歌が働きかけていたような気がする。 たとえば、こんな歌です。
吉田拓郎「知識」
吉田拓郎を知ってから、泉谷しげる、小室等、井上陽水、RCサクセション、ユーミン、中島みゆき・・・・ 人生の折々に聞いてきた音楽を残して僕たちは逝く。 それは明日かもしれない。 だからこそ、今、音楽だ。
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▽ワクチン後進国日本、感染で重症化や後遺症の恐れも(毎日新聞)
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確かにコネがあれば物事はスムーズに進みやすい。 でも、特別なコネがなくても成功している人はたくさんいる。 コネがないのを嘆いていても仕方がない。 自分のスキルを磨き、それをいかんなく発揮すれば、あなたは確実に成功するはずだ。 その一方で、コツコツと人脈づくりに励めばいい。
これは大切なことだから、よく覚えておこう。
要するに、相手から受け取るより、相手に与えることに意識を向ければいい。 相手に奉仕すれば、相手はあなたが支援を必要としているときに助けたいと思うようになる。 あなたが受け取ることばかり考えているなら、人々はあなたを助けたいと思わないだろう。(そう思わない?)
そうすれば、いずれ相手から奉仕してもらえる。 自分がした奉仕が自分に戻ってくる。(情けは人のためならず。)
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1.春だったね73 作詞:田口叔子 / 作曲:吉田拓郎
メジャーデビュー曲の「マークⅡ」の新バージョン。
この新しいバージョンのマークⅡを聴いた時、何故か涙が出た。
歌謡曲に溢れている「別れ話」も岡本おさみー吉田拓郎のゴールデンペアにかかると、こんなにロックになる。 「てんで、ハッピーになれないんだよ~♪」と僕も歌っていました。 ドラムの立ち上がりが素晴らしい録音だ。
歌謡曲に溢れている「恋愛もの」も岡本おさみー吉田拓郎のゴールデンペアにかかると、こんなにロックになる。
「都万」は「つま」と読む。 岡本おさみの「襟裳岬」に続く「さすらいの歌」シリーズだ。
拓郎と言えば「落陽(らくよう)」。落陽と言えば「拓郎」。 岡本おさみの「さすらいの歌」シリーズ、最高傑作。 高中正義のギターも冴えている。 拓郎のコンサートでは必ず歌われる。 「かぐや姫」の「パンダ」もカバーしている。 拓郎の曲の中でもベスト3に入る名曲で、「ノリノリ」の曲なのでファンも大好きだ。
小室等の名曲を拓郎がさりげなく歌っているところがいい。
往年の名作を新バージョンにしたもの。 こういう拓郎の曲が、僕を不良にさせた。
10.野の仏 作詞:岡本おさみ / 作曲:吉田拓郎 「かぐや姫」の「南こうせつ」君が出てくる。 いい味わいを出している歌だ。 でも、最近出した「野の仏」のほうが、拓郎も渋くなり、よりいいモノになっている。
11.晩餐 作詞:岡本おさみ / 作曲:吉田拓郎 「ヘビメタ」風の曲。 井上陽水の「傘がない」や遠藤賢司の「カレーライス」につながる曲で、日常の「事件」と自分を無関係さを唄っている。
12.ひらひら 作詞:岡本おさみ / 作曲:吉田拓郎 岡本おさみらしい、世情を風刺した佳作です。
この曲を中学3年の音楽の授業時間に、ステレオで流してもらった。 この歌が終わった時、音楽の先生(女性)は、「これ、分かるね。望みを捨てろ、と言っているけれど、本当は捨てるな、と言っているんだよね。」と感想を言っていた。 教育的指導としては適切ですが。
のちの拓郎の大作「ファミリー」に繋がるものがある。
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吉田拓郎のLP「元気です」(1972年) オリコン・シングルチャートで1位を獲得した「旅の宿」、ザ・モップスに作品提供した「たどり着いたらいつも雨降り」が収録されている。 オリコン・アルバムチャートで14週連続(通算15週)1位を獲得するなど、1972年の年間第2位及び1973年の年間第4位に輝いた。 1986年にCD化された。1990年のCD選書のほか、2006年にも再リリースされている。
●吉田拓郎「春だったね」 LP「元気です」に入っていた1曲目がこれ。
僕が最初に買ったLPで、ステレオの針を落としたら、この曲が流れてきた。 早口で、唄っているのは日常のささいなこと。この曲で僕は拓郎の熱狂的なファンへの道を走ることになる。
●ボブ・ディラン「風に吹かれて」
●吉田拓郎「せんこう花火」
●吉田拓郎「加川良の手紙」 (つじあやの) 「教訓1」で知られているフォークシンガーの「加川良」が作詞したものに拓郎が曲をつけている。 この曲で僕は「クリント・イーストウッド」を知った。 創作の経緯について、拓郎は「加川良がウチに遊びに来て、彼女に手紙を出したいが恥ずかしくて出せないと言うから、俺が歌にしてやった」とコンサートなどで説明している。 手紙の相手の彼女とは拓郎の最初の妻・四角佳子との説もあるが加川の話では違う。 レコーディングで曲が足らなかった拓郎が切羽詰まって加川に電話してきて「余った曲ないか?」と言うが、自身も精いっぱいで曲はなかった。 しかし加川には「当時の外国の歌にはよくあった手紙の文面にそのままメロディを付けて曲にするというアイデアをやってみたい」という構想があり、書き留めていたものをレコーディングスタジオに持って行くと、拓郎がその場でメロディを付けてささっと仕上げたという。 『元気です。』は大ヒットしたため、作詞者としてクレジットされている加川に多額の印税が入ったと言われている。 また曲のタイトルにも自身の名前が入ったため、人から「あんたがあの歌の人?」と今でもよく言われるという。
●吉田拓郎「親切」
●吉田拓郎「夏休み」
歌詞に出てくる「姉さん先生」とは拓郎の小学校時代の担任の先生を言っているらしい。
●吉田拓郎「馬」 笑えるぞ。 「今日までそして明日からを馬が歌っている」というところが、何故かおかしい。
●吉田拓郎「たどり着いたらいつも雨降り」 鈴木ひろみつがいた「モップス」に提供した名曲中の名曲。 うしろに流れているバンジョーは途中でミスをしていると、ラジオで拓郎が言っていたけれど、僕には分からない。 シンバルを叩く音も聞こえるが、小太鼓とシンバルは拓郎が叩いている。 拓郎がアマチュア時代に作った曲「好きになったよ女の子」の歌詞をかえたものである。 1972年にザ・モップスに提供しヒットしたこともあって、その後も子供ばんど、氷室京介、THE POGO、山崎ハコ、和田アキ子、ダウンタウンウンナンバンドらがカバーしたり、ロック系のバンドによくライブで演奏される。
拓郎の原曲は「たどり着いたらいつも雨ふり」表記だが、モップス版は「たどりついたらいつも雨ふり」で、その後のカバーもこちらの表記が多い。 |






