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3.11以後、僕は常に「今、直下型の地震が来たらどうするか?」を考えるようになった。 僕の平日には地震が来られたら最悪のタイミングの場所が2か所ある。
お茶の水駅で中央線の上りの線路は神田川の川岸に停まる。 ここで大地震が来たら、電車ごと神田川に転落だな、と思い、いつもお茶の水駅に電車が停まると、「今、この瞬間だけは地震が来ないでくれ」と祈っている(マジで)。 次の、2か所目はやはり通勤中の地下鉄「有楽町線」に乗っている時だ。 ここはお茶の水駅ほどリスクは大きくないが、それでも地下街や地下鉄に乗っている時に地震が来たら速やかに地上に出ないと「陥没」や「液状化による水没」「津波による水没」等だ。
今のオフィスは聖路加タワーに入っている。 この高層ビルは平成に入ってから建てられたので、耐震構造はまずまず、安心できる。(少なくとも1970年代に建てられたビルよりも)。 津波が来ることも考慮すると、オフィス(12階)にとどまっていたほうがいいな、と思っている。 聖路加タワーは隅田川のすぐ脇に建っているので、隅田川を津波が逆流してくる可能性が大だ。 去年の3.11には、僕は地震後、歩いて東京駅まで行ったけれど、JR東日本が全て止まっていることをそこで知った。 そのあとは、まったく情報を入手する方法が無かった。 もちろん、携帯も全然使えなかった。 大地震が来たら、やっぱり情報は正しく知りたい。と言うか知らないと命がない。 それも考えると、とりあえず食料と水の備蓄もあるオフィスに留まるしかない。 首都直下型大地震が来たら、少なくとも1週間は電車が復旧しないだろう。 歩いて自宅まで帰るしか手段がない。 それも、東京がどういう状況によるか、なので、情報を収集するためにオフィスにいる必要がある。 でも、とても歩いて帰れる自信がない。 2、3日かけて徒歩で帰れるだろうか、そんな感じだ。
妻は自宅かパート先(どちらも国立市内)ということが多いので、歩いて自宅に帰ることができる。 長女も4月から立川市の調剤薬局に勤めるので、これまた、安心だ。こちらも歩いてでも自宅まで帰ることができる。 次女は八王子にある大学に行っているので、多分、そこにいるときなら、心配ない。 大学の建物も最近の建物だし、食料も水もある。 その気になれば歩いて自宅まで帰れる距離だ。 問題は長男だ。 長男は自宅にいるか、大学に行っているか確率は半々だ。 大学は世田谷区上野毛にある(多摩美術大学)。 都心にあるので、火災や建物の崩落さえ乗り越えればいい。 多分、津波の影響は無いだろう。 大学の近くに住んでいる友人のアパートなどに転がりこめるといいと思うのだが。 なんとか生き残って欲しいと思う。
首都直下型の大地震が来たら家族と連絡が取れないという状況を仮定しないといけない。 連絡が取れなくても家族は全員無事だと思い込んで自分が生き残るようにするしかない。
災害時は電話もメールも繋がりにくいので、「災害用伝言ダイヤル<171> 」を使う、ということを我が家では決めている。 あるいは新潟にある僕の実家を連絡先にできる可能性もある。
長女は就職しているし、長男も4月から大学4年生、次女が4月から大学3年生。 経済的には次女が就職するまでの学費が最も大きいが、僕の生命保険からなんとか捻出できる。
そうなった状況に置かれないと分からないが、とにかく生き残った家族は生きていく気力を持たないといけない。 3.11で家族を失われた方が多数いらっしゃるが、本当に、心が痛む。 地震が来ても自分も家族も大丈夫、という甘いことは考えられない。 普段から最悪の状況も考えながら生きていないといけない、これが3.11で得た教訓だ。
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