|
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
|
毎日、自分にこんな予約をしよう。 自分が心から楽しめることをするための質の高い時間を、少なくとも、30分は確保する、と。 と言っても、手の込んだことやお金のかかることをする必要はない。 小説の1章を読む、詩を書く、好きな食べ物を食べる、何もせずに心を落ち着かせて静かに座っているといった簡単なことでいいのだ。 何を選ぶにしても、それが自分に満足感や楽しみを与えてくれることであればそれでOk。 仕事に追われたり家族や友人の要求に無理に応えたりしているうちに、自分の人生がいとも簡単に犠牲になってしまう。 これからは、自分の必要性を満たすことは自分にとって大切だという意識を持ち、毎日、ある程度の時間を自分のために使うようにしよう。 自分は、自分のための質の高い時間を、毎日、確保するに値する人間だ。
■■■ 日刊:モニターとCRCのためのGCPメルマガ(日刊、携帯用)登録はこちら ■■■
■■■ ホーライ製薬・・・架空の製薬会社の日常 ■■■
PR |
|
私たちは成長する過程で、他人の意見をすごく気にするようになる。 その原因は、親や学校の先生から「ヒトからどう言われるか、あるいはどう思われるかを考えなさい」と言われ続けたことにある。 こうして、他人からどう思われるかを優先課題にするようになった。 その結果、他人からどう思われるかを重視するあまり、自分のための生き方ではなく他人のための生き方を追求するようになってしまったのだ。 つまり、自分がしたいことではなく、他人から期待されていることや他人の称賛が得られそうなことを行動指針にするようになったのだ。 他人の意見を優先すればするほど、自分が本当にしたいことをする自由が失われる。 そればかりか、自由にものを考えることすらできなくなる。 さらに悪いことに、自分のことを他人がどう思っているかを不当に重視すると、自分を他人よりも人間的に劣っていると思い込んでしまうようになる。 他人の意見を優先すればするほど、自分の生き方を選ぶ自由を失う。
■■■ 日刊:モニターとCRCのためのGCPメルマガ(日刊、携帯用)登録はこちら ■■■
■■■ ホーライ製薬・・・架空の製薬会社の日常 ■■■
|
|
ひとりの青年が人生や将来に不安を抱きながら、ビーチを散歩していた。 すると、遠くの波打ち際の岩に見知らぬ老人が座っていた。
「きみが答えを得たいと思っている疑問は何だね?」 青年は答えた。 「しなければならないことがとても多くて、どれを最初にやったらいいのかわからないのです。」
すると、老人は、浜辺に落ちていた粗末なガラスの壺を取り上げると、そこに石を詰め始めた。 どれも彼のこぶしほどの大きさだった。 壺の口までいっぱいにすると、老人は青年に言った。 「この壺はいっぱいか?」 青年はそうだと言った。
老人は黙ってうなずき、今度は一握りの小石を拾い上げ、壺に入れた。 彼が壺を軽くゆすると、小石は石の間になんなく滑り込んだ。 老人は再び尋ねた。 「さぁ、今度はいっぱいかね?」 青年はそうだ、と答えた。
老人は次に細かい砂をひと握りつかむと、壺の中に入れた。 砂小石と大きな石の隙間に流れ込んだ。 今度は隙間なく壺は完全にいっぱいになった。
「最初に砂を入れる過ちを犯す人がいる。そんなことをすると、小石も大きな石も入らなくなる。きみの人生も同じだ。」
最初に大きな石を・・・・・・・本当に重要なものを入れることだ。 砂は放っておいてもいい。
■■■ 日刊:モニターとCRCのためのGCPメルマガ(日刊、携帯用)登録はこちら ■■■
■■■ ホーライ製薬・・・架空の製薬会社の日常 ■■■
|
|
私たちは「もし~すれば、嬉しいんだけれどな」というゲームを心の中ですることがよくある。 たとえば・・・・・ 「もし、これをやめれば、自分はいい人間なんだけれどなぁ」 「もし、これを持っていれば、自分は価値のある人間になれるんだけれどな。」
その結果、自分がいつもダメな人間だと感じてしまうことになる。 実際には、あなたはあるがままのあなたでいいのだ。 無理に変わろうとする必要はない。 個人的な特徴の関係なく、あなたは常にすべての面談で完全に価値のある人間なのだ。 だからこれからは、次のように自分に言い聞かせよう。 「私は常に進歩しつつある人間なのだ。私は現時点でのベストを尽くしている。将来、今より向上すれば、今度はその時点でのベストを尽くせればいい。」 自分は今のままで完全に価値がある。
■■■ 日刊:モニターとCRCのためのGCPメルマガ(日刊、携帯用)登録はこちら ■■■
■■■ ホーライ製薬・・・架空の製薬会社の日常 ■■■
|
|
多くの人は自分がまちがいや失敗するという事実を認めがらない。 その理由は、自分を責める気持ちにもういやというほど苦しめられているので、これ以上、苦しみたくないからだ。
そこで、もう苦痛を感じなくてすむように自分はいつも正しいと自分で思い込み、他人にもそう思ってもらおうとするのだろう。 しかし、そんなに肩ひじを張って生きる必要があるだろうか。 自分が間違っていたら、それを堂々と認めればいいのだ。 いつも正しい必要はないのだから。 しょっちゅう失敗するからといって、世間から追放されることはない。 いつも正しい人がより優れた人ということにはならないのと同様、失敗しても人間的に劣っているということにはならない。 これは重要だから記憶しておくといい。
自分が犯した間違いを進んで認められるということは、人間的に円熟している証であり、健全な自尊心の尺度だ。 正しくても間違っていても、自分は常に価値のある人間なのだ。
■■■ 日刊:モニターとCRCのためのGCPメルマガ(日刊、携帯用)登録はこちら ■■■
■■■ ホーライ製薬・・・架空の製薬会社の日常 ■■■
|






